■cam4×2
うかつな話で恐縮だが、私はこの十年以上前に撮った写真の重大さを、つい先日まで気がついていなかった。
撮影された農民車のエンジンを、ずっと農業用エンジン(俗に「農発」というのだ、ということも最近知った)だと
思い込んで軽視していたのだ。
まったくどうしようもない話だが、なぜこの車両を軽んじていたか自分なりに考えてみた。
ひとつには、撮られた場所が建築廃棄物の土砂を谷あいに埋め立ててあるという、殺風景きわまるところで、
しかもすぐ背後に簡易便所などが横倒しになっている。まあ、こんなところで写真を撮ろうなんていう気にさせない
雰囲気があって、無意識のうちに忘れようとしていたのかもしれない。
もうひとつは、車体の汚さだ。
いったい私という人間は、ぞんざいに扱われている道具や家屋敷、車などを見ると気分が沈む性格である。
まして特に興味がある農民車については、ていねいに可愛がられていないとガッカリするほうで、たとえ汚さが
個性をかもしだしていたとしても、やはり関心がひくくなってしまうのだ。
そうとう雑に乗り回されているこの農民車には、気の毒だが興味がもてなかった。なんせこの黒い塗装を、
ずっとエンジンが燃え出したときに付着した煤だと思っていたのだ。
だらだらと言い訳を書いてしまったが、ようするにこの農民車は
「自動車用の空冷エンジンを車体中央部に積んだ」きわめて珍しい形式を持っているのだ。
どれくらい希少かというと、私という人間がこの十年間撮り続けてきた何百台という農民車のなかで
ただ一台きりしかない勘定なのだ。これを貴重といわずしてなんといおう。
せっかくだから大き目の写真を載せておくが、私が煤だと錯覚したこの色は、やはり塗装だろう。
錆は上面や、体がよく触れて塗膜がうすくなる場所にういているし、ビニールの配線被覆も溶けずに残っている。
エンジンカバーが座席となっているようだが、ここにシートを載せていたのかは不明だ。しかし見たところ
シートを固定する金具のようなものは何もなくまったいらなので、やはり運転者はじかにこのカバーに座った
とみえる。冬はともかく、夏場は暑かったろう(その程度ですむのだろうか)。
冷却ファンの両側に、カブトムシの触覚のようなアールのついた鉄片が取り付けてある。この部分はとくに
熱をもったので、防護用か、それとも他の理由があるのだろうか。
向かって左の端に、アクセルペダルがある。これは床面に直接蝶番でとめてあるようだが、このペダル操作の
伝達は、両端が曲がった鉄棒を介してクラッチ・ハンドル・ブレーキを越え、わざわざ反対側へまわりこみ、
そこからワイヤーでエンジンへと繋がっている。エンジンカバーの向かって右端をよーく見るとチョークレバーも
ついている。以下も想像だが、このエンジンはたとえばスバル360のように、車体の後部に冷却ファンを
後ろ向きにして搭載されていたのではないだろうか。そうすれば運転席側にアクセルやチョークが配される
ことになる。この農民車はそれを正面にひっくりかえして取り付けたため、こういうややこしい構造にならざるを
得なかったのではないか。左足でアクセルを操作するというのは、考えただけで不安がよぎる。
ながくなったが、最後にななめ後ろからの姿を見ていただこう。燃料タンクが写っているが、好きな人なら
これだけでなんの車のタンクか判別するのではないだろうか。