徒労に賭ける

2018年


― その1 ―




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むなしい響きの題名から始まってしまいましたが、そうなってしまいかねない
事態が舞い込んできました。
以前から募集していた「農民車をゆずってください」という企画に、
応募してくださった方がおられたのです。
実は以前にもおひとり、お話をくださった方があったのですが、
近野の手違いで機会を逸してしまっていました。
今回は二人目。
この企画をたててから4・5年は経っていて、ようやく
念願がかなったのです。
随喜の涙を振り絞りたいところですが、
話はそううまく進まないのです。
これがフィクションならうまくないほうが面白いんですが、
実際は苦労なく進んだ方がいいに決まっています。
購入自体は問題なく進んだのですが…。





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一連の写真が、今回いただいた農民車です。
ご覧の通り、ほぼ近野の要望どおりで、fwf4×2、ブレーキも濡れてないし、
ハンドルもきちんと機能しています。腕木式の指示器はありますが、
修理不能なほど破損していたのが残念です。
でもまあ、そんなことはたいしたことじゃあありません。




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農民車のエンジンというのは、可搬式の場合は
前後方向に二本の頑丈な角材に底部を固定され、それを取っ手にして
人間二人で持てるようになっています。
今回の場合もそうだったのですが、このうち後ろ側の木が折損しています。
垂直に立っているボルトは、それを鉄板で留めるエンジン位置調整用の金具な
わけですが、なんの用もなしていません。留めるべき木がないし、
鉄板もありません。
じゃあどうやってこのエンジンを固定しているのか。
よーく見てくださいね、なんと番線で車台に縛り付けてあるんですよ。
そんな固定方法だから、駆動ベルトの保護カバーと、弾み車が妙に近いですね。
そう、このエンジンはまっすぐになってないのです。
これでも運転できるんですから見上げたもんです。




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荷台の側板は、私が下見をした際はそろっていなかったのですが、
あとで持ち主のK.Kさんが探してくださったようです。
ありがとうございます。
この写真からではとてもわかりませんが、後輪のタイヤはひびひびです。
このタイヤはチューブレスのようですが、なぜ空気が抜けてしまわないのか
本当に不思議です。ちゃんと積載車に自分で乗って、
約二十キロくらい離れた近野家まで揺られてきたのですが、
なんとか無事。動かせてよかったです。
ちなみに、K.Kさんによると、この農民車の車齢は四十年を下らないそうです…。

ところで写真2.にも見えますが、うしろにあるコンクリート片の石垣みたいな
ものは、近野が急ごしらえで積んだ農民車の駐車場です。
この上まで移動したかったのですが、写真4.の右後輪の後ろに茶色いものが見えるでしょうか。
ここにぶっとい桜の根があって、それで車輪が滑って、車体ごと左にズレてしまうのです。
根っこと高さをそろえてみようとブロックを置いたりしたのですが、
危うくひっくり返しそうになりました。
写真2.でいうと、奥にいくにしたがって下り坂になっていて、平地はいま農民車のあるところだけ。
近野の所有地はこのわずかな平地と法面までしかないので、
湿った地面からなんとか離したくて拾ってきたコンクリート片を積んでみたのですが、
いまのところここまでしか進めません。
88ミリ戦車砲くらいある根っこを取り除けばどうにかなりそうですが、
そうなると本体の桜も切り倒さないと枯れてしまいそう。
この暑いのに薪を割ってる場合じゃありません。
移動は秋以降になりそうです。





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これはチューブ入りの左前輪。
なにかに擦れたのか、経年劣化か、ゴムの中身の繊維が露出してます。
当初は二十キロを自走していこうかと考えたのですが、この状態のタイヤを見てやめました。
この譲渡には仲介してくださった方もいたのですが、
その方のつてて格安に積載車をたのむことができました。
本当に感謝です。
エンジンを車台に縛ってある番線がこの写真だとよくわかりますね。






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この見晴らしのいい運転席にサイドミラーは必要なのかな、と思ってましたが、
運転してみると絶対必要なのがわかります。
右側は運転席に近いからまだいいですが、左側の後輪はほぼ見えません。
こんな危なっかしいところでは、推測でバックしてはいけません。
その肝心な左サイドミラーは、支持架すら元からないんですが。

なお、一連の写真はニコン・クールピクスP50というコンパクトデジカメ。
嫁の父親のものなんですが、いつのまにか我が家にずっとあります。
たぶん、義父も忘れているでしょう。
魚眼かと思うほど広角で嫌なんですが、
「徒労に賭ける」では、即時性を心がけることにしました。
修理していてなにかわかることもたくさんあるでしょう。
それに、分解時は詳細な記録をとっとかないと
組み立てられなくて後悔することになります。


私の貧乏暇なしもありますが、この農民車を
安心して動かせるようになるには、かなりの長期戦が予想されます。
モタモタしてるとブレーキフルードが漏れだしそうだし、錆が急速進行しそうだし、
早期に手をつけたいのはやまやまなんですが、
致し方ありません。
とりあえず、雨風を防ぐためのシートで覆ってありますが、
さてどこからどうすればいいものか。
とりあえず錆取りと防錆塗料かなあ……。
蚊がものすごいんですよ、蚊が。





― その2 ―





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農民車がウチにやってきてからはや二か月を越えました。
このように最低限の雨除けを施しましたが、本体にはなにも手を付けていません。
休みのたびに来る台風、大雨、酷暑にヤブ蚊、
少ない休日にも他の用事はいくらでも舞い込んできます。
それでもやっと手を付けることができました。
こういうとき、夜勤に当たるようになってよかったと思います…。




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こんなもの写してもしょうがないですが、この日の作業の主戦力。
地面に敷くビニールにワイヤブラシのディスクサンダー、首に巻く埃除けの
古バスタオル。懐中電灯にはラジオがついてます。
私はAMラジオファンで、最近はNHKの「すっぴん」が大好き。
あとは軍手と電源用ドラムコード。入れ物の箱も、枕として重宝しました。
あとからLEDライトと歯ブラシ型ワイヤブラシなどが加わります。
ちなみに、これらはすべてタダ。





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ようするに錆取りをするわけですが、こういったときはやりにくいところから
始めるのがセオリーだそうです。荷台下から始めます。

この農民車は荷台後端が三十センチほど延長されていて、反射板があるところが
もともとの後端。中ほどにはナンバープレート用の支持板があります。
荷台側板を支える角材を入れる穴は改良されて、補強用の鉄板を挟み込んで、
なおかつ大きめに拡大されているようです。
一見したところ、それほどひどい腐食は見られず、一安心。





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今回の作業はこの延長部分の裏だけにします。
錆を取って錆止め塗装できれば完了。欲張って錆だけを取り続けた挙句に日が暮れてしまい、
錆止めできなければまたすぐ錆が浮いてきます。どうせあと何年かかるかわからない作業、
あわててもはじまりません。
いちばん外側の骨格にあたるC字鋼には、内側の塗装跡がありません。ここはディスクサンダーも
ワイヤブラシも入らないので、無視することにしました。
時速二十キロがせいぜいの農民車だし、雨の日は使わないことにしているので、
ここに水が入ることはないでしょう。
荷台表面の鉄板は錆び方が浅いので、あとから貼りなおしたのかもしれません。
とにかく入り組んでて、錆取りは難航しそうです。





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これは荷台横の延長荷台接続部。鉄板を溶接してボルトで留めてあります。
このボルトを緩めれば延長部ははずれるか、と思いきや上部の鉄板は全体に一枚物で、
全周を点付け溶接してあります。やはりこの鉄板は、荷台を延長したとき
貼りなおされたようです。
この点付けをすべて削り取ってしまえば鉄板も外せて、車台の錆取りもはかどるのですが、
点付けは荷台の裏側にもあり、ディスクサンダーのはいらない隅っこにも溶接部分があります。
大変そうなので、やはり下にもぐって錆を取りましょう。




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錆取り途上の延長荷台の差し込み支持架。
ほんとうは地金が銀色にでてくるまで削ったほうがいいようですが、大変なのでやめときます。
錆を取って錆止めと本塗装をすれば上等というコンセプトでいきます。
もちろんパテ埋めなんかしません。
これが市販車のレストアなら許されませんが、これは農民車だし。
そんなことより、この溶接部にはまだスラグが残っています。私は高校で溶接を習いましたが、
そのとき、このスラグは取っておかないとあとで錆びる、と教えられました。
見えないところだからって、こういう基本的なことをしないようではいい仕事とはいえません。
まあ錆取りを徹底的にやらない人間の言えたことではありませんが。
このスラグをハツる専用のハンマーがあるのですが、なぜか近野はそれを
持っています、タダのやつ。
このあと、もちろんスラグはハツっておきました。

差し込みの角材は、一本の四角いものではなくて、L字のアングルを二本重ねて
組んであります。こういうところは手間がかかっているというのか、
四角い材がもったいなかったからなのか…。

荷台裏の補強用アングルは、端部同士が接していない中途半端なもの。
強度的には十分ですが。
もとからある後部反射板は、なんの役にも立っていません。
切り取って延長した後端に付けなおせばいいのに、工賃をケチったのか手抜き作業なのか。
まあおもしろいのでこのままにしときます。
安全面を考慮して、最終的にはもっと大きな反射板を取り付けるつもりです。






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やれやれ、だいぶきれいになりました。農民車は荷台下がだいぶ高いので作業は思ったより
楽でした。もっとも、この先の後輪付近は比較にならないほど入り組んでおりますが。
溶接部のスラグは、前述の部分以外にはありませんでした。
取り忘れですかね。
しかし、この状態も使い込まれて摩滅した鉄のようでなかなかに美しい。
このまま塗装せずほっとこうかと五分くらい悩みましたが、やっぱり塗ることにしました。
どうせまたすぐ錆びるし。






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錆止め塗料がムラになってますが、気にしないことにします。
買ったばかりの塗料で、沈殿部の攪拌が足りませんでした。
ちなみに、近野は水性塗料が好み。石油系は刺激臭がたまらんし、捨てるにも難儀するので
錆止めも水性です。水気があると錆が進む鉄部に水性はどうなんだ、という懸念は
ありますが、まあ大丈夫でしょう。
この日の作業はこれで終わり、ここまでで三時間てえとこです。





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翌日、時間があったので大慌てで水性のオフホワイトを塗りたくりました。
ものすごいムラですが、後日、もう一回上塗りする予定です。

「なんでこんな色にしたの」「車台下はシャーシーブラックでしょう」
「せめてフラットブラックにしなよ」
という心の声は私の心にもありましたが、あえてこの色にしました。
なぜなら、このペンキが大量に余ってたから。
それと、白に塗ると細部の構造がわかりやすくなるからです。
私のような車の素人は、どういう部品がどこに繋がってどういう役割をしているのか、
いまだによくわかっていません。
こういう常に暗いところも、白く塗るだけで明るく見えやすくなるのです。
実際、錆取り段階では周囲の明るさと荷台裏の暗さの明暗差が激しすぎて
どこにワイヤーブラシの先端があるのかわかりづらく、苦心しました。
老眼のせいもあるのでしょうが。

この先の作業は、ジャッキアップしておかないと、寝転んでも入りこめません。
乗用車と違って、ジャッキポイントに苦労はしませんが、
次にいつ作業できるかが問題。
まあ気長にいくしかありませんね。







― その3 ―






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年末になって、珍しく月曜日が休みになりました。
残念ながら、夜勤があったりなかったりになって、定期的に作業ができない勤務体系。
家族がだれもいない日中にひとりで農民車をいじれる時間は貴重です。
こんなこともあろうかと、さまざまに舞い込む雑事を速攻で片付けておいたのです。
嫁がパートに出勤するのを待って、作業開始。
今日は以前に処置した延長部の、もうひとつ奥側のフレーム枠内とします。





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市販車の流用品である板バネは、車台直下にあわせて、その角鋼材の左右中央に
ぶら下がっています。板バネが広すぎ、ボルト取付穴が鋼材とはズレていて、
なんの役にも立っていません。
車台にボルトを新規に溶接して固定するとかいう手間のかかることは
してないようです。ではどうやって車台と板バネを固定しているかというと…。





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こんな感じで溶接されています。ボルトで留めるよりは頑丈なのかもしれませんが、
これでは分解できません。もっとも、私のような素人では
板バネの分解塗装までは荷が重すぎます。この複雑な部分の錆取りをどうやったら
いいのか悩んでいましたが、この乱暴な溶接をこれ幸いと、
分解はしないことにしました。上写真のシャックル部分は、ディスクグラインダーで
削れるところだけ削ったのですが、分厚いシャーシーブラックが乱暴に塗られていて、
地金まではなかなか到達できませんでした。
板バネ同士が合わさった部分の錆が心配ですが、どうしようもありません。
だって分解不能なんです。
しょうがないじゃないですか。






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暇そうに寄ってきた野良猫も、
「それでええんとちゃう」
と言ってくれている気がします。






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車台の角鋼材は、直角に接合されている部分はL字アングルで補強されています。
車台そのものと、荷台鉄板とはシャーシーブラックの塗られ方が違うようです。
車台はしっかり濃く塗られていますが、荷台のほうはかなり薄い。
私は過去にこの農民車が造られたであろう高島鉄工を見学したことがありますが、
ベアシャーシーのみの農民車が二台並んでいた状況で、
たぶん、荷台の鉄板は車台とは別に塗装されたのではないでしょうか。
規格の車台をまず先行して造っておき、発注者の依頼に応じて
細部の作り替えや寸法直し、および新設を行っていたのでしょう。
この荷台の裏側は、鉄板を立てて塗ったらしく、塗料が垂れています。
しかしそうなると、塗装面同士を溶接するのは教科書的には不可。
まあ点付け程度ならオッケー、にしたのでしょうか。
ほんとうのところ、どうなんでしょう。





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錆取りしてきれいになるのは気持ちがいいですが、
物理法則に従って錆は情け容赦なく顔面へ降り注いできます。
出来る限りのことはしていますが、やはり襟の隙間から粉が
おなかのあたりまで入り込んできて、大変気持ち悪い。さらに、
こんなごちゃごちゃした部分は、右手で重い旧式のディスクグラインダーをいろんな
角度に傾け、見えない部分に左手でライトを当てながら両腕を酷使します。
槍杉建設のトラックにはさまった子供を救うブラック・ジャックの気分です。

「フーッ 手が…… 重い!!」
「なにくそっ もうすこしだっ」

不思議なことに、車台には車体上面に塗られた水色の塗料も残っています。
あんまり厳密には塗装範囲を決めていなかったようです。






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ああきれいになった。
前回の反省をして、錆止めは濃くしたのでムラもかなり減りました。
写真を撮ったあとで、塗りのこしを何ヵ所か見つけたので塗っておきました。
こうしてみると、板バネのついている車台は角鋼材で、その外側はC字鋼。
わずかな部分ですが、経費節減なのでしょうか。
ここは泥や埃を巻き上げやすいところなんで、感心しませんけど…。
そのC字鋼にも、補強のアングルは溶接されています。
C字鋼を直角に取り付けるガイドの役割もあったかもしれません。





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この日は、午前中の三時間でおしまい。白い上塗りはまた後日です。
この農民車がここへ来たとき、まわりの木々は緑がしたたっていましたが、
もう冬枯れで落ち葉の絨毯になってます。
次の作業では、ジャッキアップしてタイヤを外すと楽かもしれません。
どうにかして、あと三十センチくらい車体を高くできれば
もっと楽なんですけどね。









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