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■275.faf4×2/970824/三原町幡多
農民車というものは、本来簡素なものである。
よけいな事を考えず、ただ目的のためだけに造られ、使われる。
発注者は、だいたい自分の使い勝手のいいようにあれこれと考える。
これをこうすればこの作業が楽になるのでは、ここはこう変えればもっと楽になるのでは。
製作者側はそれを経験に基づいて、可能な限り造る。ときには、自分から工夫して
特徴ある仕組みを編み出し、製品に付加価値をつけることもあったろう。
一台一台が手造りである農民車は、結果的にひとつずつに違いがあること、しかし飾りのない
素朴さがその魅力である。
写真275.の農民車は、めずらしく装飾がついている。
ハンドル軸の前についている、雨よけというか風よけというか、鉄板についている格子状の部品がそれだ。
かなりいい加減なもので、なにかの流用品にもみえるし、作業場にあった端材を
適当に溶接してこしらえた様にもみえる。
おそらくダミーの冷却用空気取り入れ口、エンジングリルとして着けたのだろう。
ただ長方形の板がポンと立っているのが我慢できなかったのだろうか。
車の顔である正面に凝るのは、普通の乗用車でも同じことで、たいていのエンジングリルは
必要のない形をとっていて、ダミーといえなくもない。
しかし、こうも臆面もなく偽物をつける例はあまりない。この農民車は、偽物のすぐ横に
本物のエンジングリル…エンジンそのものが裸で据えられているからだ。
ビニールで覆ってある赤いのがエンジンだが、それにはまちがいなく正真正銘の
エンジングリルが着いている。屋上屋をかける必要はない。しかし、この農民車の製作者は、
あるいは発注者は、長方形の板がむやみに面積をとっているのが耐えられなかったのか。
それほど神経を使わなければならない農民車とは思えないが…。
ところで農民車の場合、雨よけの覆いは、たいていエンジンのみ便宜的にかけられる。
車体のほうはまあ、濡れても動くだろうというわけだ。
適当に造られたエンジングリル、貧相に曲がった小さな角型ライト、おまけに手もみの警笛と、
哀れを誘う日暮れ時の一台だった。