いつみても、どんな農民車でも正面からの造形は美しいと思うのは、かなり稀な感性だろうか。
飾り気のない、機能だけを求めたゆえの説得力。それを使い続けることによって付加される使用者の
人間性。農民車の魅力はそれに尽きるが、前からの視点はそれをよけいに際立たせると思う。
この農民車は、撮影された時点では新車に近い。車台も鳥居の枠も、錆などによる汚れがない。
塗装にも劣化は見られない。ハンドルの雰囲気からして、農民車にしては新しい中古品だ、妙な
表現だが。
しかしこの新しい農民車からも使用者の人間性は見て取れる。それはエンジンにだ。
まったく飾り気のない平面構成で赤のエンジンカバーは、珍しいと同時にデザインの古さを感じさせる。
この手の三菱製エンジンはあまり見ることができないのだ。それをわざわざ新車の動力源として据えよう、
という心意気にまず感じ入る。ここから推理と妄想の働かせどころだが、たぶん、大事に大事に使ってきた
農民車に足回りの致命的欠陥ができた。車台は新調しなければならないが、まだ使えるエンジンは
残した、というところだろうか。
あるいは長年使い込んだ歩行用の耕運機をよんどころない事情で更新しなければならないが、まだ
動くエンジンを有効利用するために、新品の農民車に積んだのか。
いずれにしろ敬意を表すべき物持ちのよさ、畏れ入るのである。
■365.
まあそんな自己満足の与太話はいいとして、このきれいな農民車を写した場所も言及しておかなければならない。
写真405.で、どこかの駐車場であることがわかると思うが、農民車とアスファルト敷き駐車場の組み合わせは
ちょっと違和感を感じてしまう。舗装道路を走ることはもちろんあるが、農民車の駐車場所はたいてい土の上だ。
横には普通車があるし、背後には商品の通い箱が積んである。いったいここはどこ。
■366.
そう、ここは看板にあるとおりのお店である。いまは名前が変わっているが、店の性格は変わっていない、
中規模のディスカウント酒店なのである。しかも国道沿いにあり、洲本ICにも程近い立地だ。なにも違反行為は
していないが、この賑わいのある店頭に単気筒ディーゼルをダカダカいわせて乗り付ける根性。しかも荷台には
耕運機の部品が……。
私はなにも笑っているわけでもけなしているわけでもない。これこそが自らの仕事を恥じず、愛車を堂々と乗る
誇らしい人間の姿。決してだらしない酔っ払いが来たのではないことは、この行儀のいい農民車の姿が雄弁に
物語っているのだ。
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