徒労に賭ける
2022年
― その1 ―
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コロナ禍で仕事の休みが増え、農民車をいじる時間も増えるだろうと
楽観的な想像をしていた近野ですが、現実はそうそう甘くはありませんでした。
まず梅雨時になぜか肺炎にかかってしまい、一週間ほど入院。
時節柄、病院に行くだけで大事になるわ、原因はわからんは、
やっと入院した大部屋の階は痴呆老人がおおぜいいて
夜中も寝る暇がないくらいさわがしい。看護する仕事は大変ですが、
入院している方も体力と体重がガタ落ち。
退院しても仕事に復帰するのにまた一週間かかり、
本調子に戻るにはひと月くらいかかりました。
そして長男たれ蔵の編入と引っ越し、その他二人の息子の
オンライン授業による在宅など、とても趣味に没頭する気分には
なれませんでした。なにより取れるはずだった有給休暇は
入院と療養に消えてしまい、時間の面でも暇はなくなったのでした。
でもまあとにかく新学期ははじまり、引っ越しも終わって通常生活が
復活しつつあるので、まことに久しぶりにこのページを再開することが
できました。
最初の作業はブレーキパイプの製作です。
上の写真は、休んでいる間に珍しく購入した道具と材料。
上からパイプベンダー、五ミリ真鍮パイプ、フレア加工ツール。
横にあるのはもともとのフレア加工されたパイプの残骸、
もともとのネジ付きナットと購入したトヨエース用ネジ付きナット。
この足回りはトヨエースのものを仕様しているはずです。
パイプベンダーとフレア加工ツールは一番安いものですが、
ネジ付きナットは一個四百円近くもする高価なもの。
こんなもの買いたくなかったのですが、二個あるうち一個は前回、
分解するためにやむなく破壊してしまったので、一個だけ新品にしました。
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このツールもパイプベンダーも、説明書のたぐいは一切ありません。
ツールはボコボコの英語表記段ボールに詰められ、ベンダーにいたっては
平たい段ボールに巻かれただけ、というエコな姿で配送されてきました。
フレア加工自体は簡単な理屈なので、たぶんこうだろうという感じでパイプを万力式に固定し、
テーパーをねじ込んでいきます。
固定用の万力は、パイプが潰れるかと思うほど締めないと
テーパーにパイプが押されてフレアができません。
「フレア加工する前にネジナットを差し込んでおかないと、大変なことになる」
という雑誌の記事を思い出して、最初にネジナットをセットしておきます。
……なんかネジの太さが新旧で違う気がしますが、新品はネジ山が高いのかな。
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黄色い矢印の間にパイプを配します。この時点では、まだ虫よけの枝を差し込んでいます。
左側が見えていませんが、老眼なのでコンパクトデジカメの
画面がよく見えていませんでした。
直線距離にして50センチありません。
まず右側の矢印からパイプをベンダーで曲げていくことに。
目分量で曲げる位置と角度を決め、少しづつ曲げていきます。
曲げるたびに現物合わせで角度を確認しながら……
左に5センチで15度上、5センチで水平に戻し、15センチで15度下、
15センチで水平にもどすと、左端の接続部に届きました。
やれやれ……と一息ついたとき、私は息をのんで血の気が引きました。
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ああ!…おお神よ!
これでは左側用のネジ付きナットが接続部まで動かないでは
ありませんか!
悪魔が私を陥れようとしているのですか神よ!
神や悪魔のせいではなく、私の間抜けなミスに間違いありません。
ネジを通して置おくことで安心し、角度がついたパイプにつっかえて動けないことに
気が回りませんでした。あわててベンダーでまっすぐに直そうとしましたが、
一度曲げたパイプをまっすぐに戻すのはほぼ不可能。
ほんの少しの曲がりでも、その部分は越せなくなってしまいました。
ああ、一時間以上の無駄。
しかし、パイプはまだ半分以上がまっすぐなままなので、その部分だけで
もう一度フレア加工をやりなおし、曲げもやりなおすことはできそうです。
しかも一回失敗したので、二回目はよほどスムーズに
作業が進行しました。一回目に満足がいかなかった角度や位置も、
二回目はより出来のいい仕上がりに。
失敗は成功の母とはこのことよ。
よし、今度はうまくいったぞと、左端の余分も切り取ってフレア加工し、
ネジ穴に差し込んでナットをねじ込みます。
……がっ!
なんとネジナットが入らないー!
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……やはり最初に旧ネジと比較したときに感じた違和感は間違っていなかった。
ネジ径が太すぎたのです。
くおおお、この高価な一個400円近い部品がまったく使い道なく死蔵するとは。
「ザクには大気圏を突破する能力はない……だがクラウン、無駄死にではないぞ!」
そうです、シャア少佐。
クラウンを無駄死にになどさせはしません。
この失敗を糧に、次は見事任務を果たしてみせます。
失敗は成功の母!
二時間半の作業、進展はまったくありませんでしたが。
しかもまたネットでややこしい注文をしなきゃならんし。
疲れるぜ。
― その2 ―
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薪を採る為に切り倒した二十年物のコナラから、どんどん新しい木が生えてきました。
これから二本ほどに減らして伸長させ、また薪にするのです。
……それはうまくいっているのですが、農民車の方はうまくいきません。
はやく動くようにして、奥にある木も倒したいのです。家の雨樋に落ち葉が溜まるのです。
いつもいいますが、はやく農民車を動かせるようにしなければなりません。
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ちょっとピントがずれてて申し訳ないですが、前回の作業時にブレーキパイプの接続ネジが
入らなかった一件の再挑戦です。
あれからよく考えてみたのですが、ひょっとしてうまく入らない原因は雄ネジと雌ネジの
回転中心軸が曲がっていたせいではないか、と推測しました。
写真は、いままで使われていたほうのネジ(これはフレアナットというらしい)ですが、
実はこっちも入らなかったのです。
外すまでは入っていたのに外してからは入らない、なんてナットがヘソを曲げたりする
わけもないので、原因があるはずです。
というわけで、このピントずれの写真を見ていただくと、おわかりでしょうか、
パイプとフレアナットの中心線がずれています。これはパイプの重心バランスが
手前側に偏ってしまい、それにつられてどうしてもフレアナットとブレーキ液分配部の接続も
傾いてしまうのです。
そこで、まずこの入るはずのフレアナットをなんとか入れてみることに。
いまデフとくっついているパイプを手でちょっとだけ補正して、デフとはなして
自由度を上げます。左手でパイプを支えて右手だけでフレアナットの
角度を雌ネジと合うように調節、回します。
十分な空間があればなんてことない作業ですが、どうにも狭くて暗い場所。
ハズキルーペをかけても、目線がルーペと合っていないのか、
ピンボケになってはっきり見えません。
指の間隔だけできっちり合っているかを確認しながら何度も回していると、
なんとか締まっていくようです。
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これもピンボケで恥ずかしい写真ですが、現場の私もこんな視覚で見えてました。
とにかくまあ、やはり使われていた右側ナットはちゃんと再使用できます。
問題は、左側の新規購入したフレアナット。
ネットでブレーキ用フレアナットを検索すると、
「M10×1.0」のサイズしかありません。
これは直径10ミリ、ネジ山ピッチ1.0ミリという意味なのですが、
日本車の規格として、これに統一されているのでしょう。
サイズが一つなら、選ぶ必要もないので、あまり考えずに注文したフレアナットなのですが……。
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念のため、右側ナットを再び外し、パイプを動かして左側ナットの角度が
調節できるようにしておいてから、今度は右手でパイプを支えて左手でナットを回します。
でも右利きなのでこれがかなり難易度高し。
やむなく無理を承知で左手でパイプを支え、上体を捻じって右手でナットを回しますが、
どうにもネジ山にかかっている気配すら感じられません。
これはネジがまっすぐになってないという話ではないらしい…。
どういうこと?
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せめてネジ山の雄雌が合わさってくれないことには前に進みません。
そこで、ナット先端部にあるネジ山のない円筒部を薄くしてみることに。
この円筒部は「逃げ」と呼ばれているようですが、
ここが雌ネジより大きいので雄ネジまでとどかないのでは……と
推測してみたのです。
まあ考えてみれば、規格があるのに一部分だけサイズが異なるはずはないのですが、
ここが引っかかるのは事実。
作業はディスクグラインダー+切断砥石で慎重にやります。
パイプにはもうフレア加工がしてあるので、ナットを外すことは不可能。
それ以前にブレーキ部品を削ってしまうなんて、
強度が落ちて市販車の職業整備士ではできないことです。
でもフレアナットはこのサイズしかないので、無茶を承知でやらねばなりません。
これはほんとに公道では走れないなあ、と陰鬱にもなりますが、
とにかくやれることをします。
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「逃げ」部を削ったところ、ネジ山までは入るようになりました。が、
やはりそれ以上は進んでいきません。
やっぱりこれは、ネジのサイズが大きいのです。
右側の従来品ナットは古い規格で、のちに新規格となったのか、
あるいはバラバラの規格が統一されたのでしょう。
部品がないとわかって、ここに使われていた従来品ナットを切断して外したことを
かなり後悔しましたが、あとの祭り。でもこんなことで農民車を放棄できません。
「逃げ」部は小さく削れたんだから、ネジも小さくできるはず。
さすがに大きくはできませんが、削ることはできるでしょう。
すでにモノは加工してしまっているのです。
この時の近野は、まさに
「できんことはないィィィィィィ-ッ!!」
やけっぱちの精神状態です。
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この万力は、実家の近所の家を取り壊すというので、許可を得て家探しして
貰ってきたもの。それはともかく、背景にある平ヤスリで逃げ部を削り、
半丸のダイヤモンドヤスリでネジを削っていきます。
目立てヤスリは持ち合わせがありませんでした。手作業で
ネジにこんな仕打ちをするなんて無茶なのはわかっていますが、とにかく
この一個のネジさえ入れば、入ってくれればどうにかなる、
願いをこめて削りますが、逃げ部はともかくネジが削れている
様子が見られません。
「ええい、もうどうにでもなれ」
だんだんやけ気味になって、平ヤスリでネジ山も削ってしまいました…。
ここで昼飯時になったので、ちょっと気を落ち着けようと
このブレーキパイプを食卓に持っていき、明るい机の上できちんと
サイズを測ってみました。
すると……
従来品:M9×1.0
ネジ部長さ 11.0ミリ 11山
逃げ部長さ 3.0ミリ
新規品:M10×1.0
ネジ部長さ 9ミリ 9山
逃げ部長さ 3.0ミリ
これですべてがわかりました(遅すぎる)。
サイズが変わっていたのです。
はじめに調べるべきですが、なんせノギスがない。
このときも、卓上に服の採寸用メジャーを伸ばして、その上にナットを置いて計測した次第…。
あらためてネットで調べてみると、「コニー」という農民車に負けないくらいの国産旧車を
再生している人のページで、「フレアナットの規格が変わった」という記述を見つけました。
想像ですが、油圧ブレーキが使われるようになって配管にかかる圧力が上がり、
フレアナットを強化する必要があったのでしょう。
安全のためとはいえ、この変更で多くのまだ使える車が
大量に廃車となったのは想像に難くありません。
だってブレーキが修理できないんですから。
いや、それでも部品さえ作り続けてくれれば問題ないのですが、
日本という国は古いものを大事にしない国なのです。
いま日本社会に不平を言っても、すぐにどうにかなる問題ではありません。
適応するフレアナットは、もはや新品では手に入らないのです。
この上は、中古部品を入手するほかないのですが、そもそも古い
農民車というタマが少ないという前提。
解体屋で運よく見つけても、部品採りをするのは法律違反になって久しいと
聞いていますし、業者にそんなことを頼んでも渋い顔をして断られるに
決まっています。知人でもいればいいのですが、いません。
ならばどっかに放棄された農民車から黙っていただいてくるか?
それこそやってはならないことです。
だいいち遺棄されたかどうか確認は至難、それに
ちかごろはまた法律改正でやたらと自動車をほったらかしにはできません。
こいつは難問…!
勢いでネジ山を削ってしまいましたが、実をいうとこれでうまくいくとは思っていないのです。
昼飯を食わなきゃならない時間なので、この日はこれで作業終了。
まことに中途半端な幕切れなのですが、
このインターバルと頭を冷やす時間が幸いだったのです。
夕方、風呂に入るときにニュータイプの閃光が走りました。
きろりろりろり~ん!
「そうか、タップを立てりゃいいんだ!」
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正確に言えば、タップではなくダイスを立てる、です。
あれ、ダイスも「立てる」と言うのかな……?
ま、とにかく、ネジ山をあたらしく切ればいいと思いつきました。
雌ネジを切るとき使う工具は「タップ」
雄ネジを切るときにつかうのは「ダイス」です。
バラクーダ号の船長で、モンスリーを嫁さんにしたほうです。
上の写真は、前の作業でヤケになってネジ山を削ってしまったフレアナット。
こんないびつなものが雌ネジに入るはずはありませんが、
ネジ谷の部分は残っているはず。
ケガの功名というべきか、こうして少しでも径を小さくしたほうが
ダイスは軽く入ってくれます。
そして、新規格も旧規格も、ネジピッチは同じときた。
さらにいいことに、中に通すパイプの径も同じ、つまり肉厚が0.5ミリ分厚くなったのです。
だから、ネジ径を1.0ミリ減らしても、旧規格の肉厚と同じになる計算、
人の踏力だけでかけるブレーキ圧、強度も問題なしのはず。
「これなら勝てる!」
パシッ!
「これで勝てねば貴様は無能だ…」
いやいや、勝てる予感しかしませんよ、少佐。
220514-2
急いで亡父の物置に行き、ダイスがないか家探ししました。
家探しは大好き。
出てきたのは、サビサビのM6×1.0ダイスがはまったダイスホルダーとハンドル。
でもこの際、贅沢はいいません。
近所のホームセンターに目指すダイスはなかったので、
モノタロウでM9×1.0のダイスを送料税込二千円くらいする
ダイスを即注文。いつもケチな近野ですが、この際そんなことは
いってられません。
ダイスホルダーは注油して二日ばかり放置したら、固着もなく分解できました。
ついでに使ってなかった新品のノギスと、ピッチゲージも貰ってきて、あらためて
ちゃんと計測したら、採寸メジャーで目測したのとドンピシャでした。
亡父の購入癖に感謝です。
写真は、切削油がないのでエンジンオイルを代替しながらダイスを使う様子。
思った通り、スムーズにネジが切れていきます。
ダイスもタップも、行きつ戻りつしながら切り進めるのがセオリー。
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おお、なんと美しいネジ山!
工業製品とはこうでなくてはなりません。
万力を使っているついでに、パイプも微調整して接合部によけいな力が
かからないようにしておきます。
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ダイスを切ったフレアナットがどんどん入っていく快感たるや、なんとも
名状しがたいものがありました。
片方だけ締めこんでしまうと、反対側のナットが入らないので、
両方を少しずつ締めながら組んでいます。
デフとの間隙もとれて、なかなかスッキリ仕上がった気がします。
いやー、錆びきったブレーキパイプを破断してしまってから、何年ここで
悩まされたことでしょう。。
次はブレーキフルードを注入してブレーキ復活を目指します。
…漏れがなきゃいいですが…。
― その3 ―
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いきなりですが、ブレーキ周りを組むことができました。
二年も前にバラしたものなので、考え考え組み立てて、やっと完成したかと
思ったら一個ネジを締め忘れててほぼ最初からやり直しなどという
ありがちな失敗をしつつ、なんとかなりました。
一応、部品の解説などを…。
①四角いブレーキフルードの箱を留めるボルトの左側。
なぜか曲がっていて、締めこむたびに箱がグラグラ揺れる。
②右側ボルト。こっちはまっすぐだが、左よりも1センチほど短い。
③ブレーキピストンのゴムブーツ。分解前は嵌め込む溝から
はずれて縮こまっていたが、これで正常な位置のはず。
④ブレーキピストンとブレーキペダルをつなぐリンク。
一本のピンで連結されるが、抜け止めの割りピンは金属疲労で
折れてしまったので、新品を奢る。といっても、缶入りの未使用品を
ゴミ捨て場で拾ったものだが。
⑤ブレーキペダルの可動中心であるボルト。普通のワッシャーと、
スプリングワッシャーの組み合わせ。
⑥ピン④に繋げてあるスプリング。踏み込んだブレーキペダルから
足を離すと、このスプリングでペダルが上がる仕組み。
これにピン④を通し忘れて組んでしまい、差し込んだ
割りピンをまた抜くときに割りピンが折損した。
⑦ブレーキの踏みしろを調節するボルト。
いちど完成したと思っていたら、これを組み忘れていた。
こいつを一本組むためには、⑨のブレーキを手前側にずらさなければ。
そのためにはボルト⑤を1センチ以上緩めなければならない。
しかしリンク④が繋がっているので、また割りピンを抜いてピンを
抜き、さらにはブレーキシリンダーを固定する①を緩め、
②を完全に外して、①を軸に②③④をまとめて
下側に20度ほど傾けなければならない。それでようやく
ブレーキ⑨が手前側にずれるが、今度は運転席の床を固定する
ステー、⑩が邪魔になって、1センチ以上ずれてくれない。ブレーキ⑨を90度、
下に回転させれば⑩をかわせるのだが、それにはスプリング⑥を外さなければ……!
「リテイクだ」
「…… ………‼ いやああああっ‼」
ダダッ
「キョーコちゃん! 暁子ちゃん」
「先生」 「先生!」
「ほうっておけ‼」
「暁子ちゃん…」
「森林さんあたしもういやっ あんな先生のもとでなんか働けないわっ」
「暁子ちゃんよく聴いてくれ… あそこでリテイクを出して一番つらい思いをしているのは先生なんだよ」
「信じられないわっそんなこと」
「誰もがはじめはそうさ… だが先生は作品に命をかけている!」
「先生が命をかけるのは勝手よっ その為にこっちの命までけずられちゃあたまんないわっ」
…思わず長い引用となりましたが、このリテイクには応じます、炎尾先生…。
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補足のため、別角度からの一枚。
⑪が④のピン、⑫は⑦のボルトです。
この二か所のために、二回組みなおしました。
もうやり直したくはありませんけど、三度目のリテイクの予感もします。
命を削られつつもたっぷり一時間はかかりましたが、
まあとにかく組み終わったので、次回は⑧、ブレーキフルードを入れる蓋を
まずは開けなければなりません。なぜか水道に使われているような
真四角のボルト頭。これ専用のスパナもどっかで拾ったことが
あるような、ないような……。
それにしても、リザーバータンクはついてないんだなあ、この時代のは。
― その4 ―
220706-1
台風が温帯低気圧に変わってから通り過ぎたせいか、思ったよりも
雨風が少なくすんだ翌日、また平日に仕事が休みになりました。
蒸し暑いし草が水に濡れてるし蚊がいるし、どうしたものかと尻込みして
いましたが、エイヤッとばかりに農民車に取り組むことに。
半歩でも前に進まなければ。
蚊取り線香を適当なところにおいて、ブレーキフルードの交換補充です。
ブレーキピストンの箱(これ、なんていうんだろう)は写真いちばん左の四角い部品。
その上部には四角いボルトの注ぎ口があります。
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探してみましたが、この四角いボルトに合う専用スパナはありませんでした。
そこで、写真右にあるモンキーレンチの親玉みたいな工具(これもタダで、どっかから貰った)で
ゆっくりゆっくり力を入れると、無事に回ってくれました。
こういうものを回すときは、いつも弱気になります。
蓋の内側にはへんな円盤がついていて、そこに滴る古いブレーキフルードは
あまり汚れてはいないようでした。しかし、その配置や車両全体の状態からいって、
過去にフルードが交換されていたとは思えません。
中身はよく見えませんが、ほとんど底をついています。
これは、過去に錆取り中の事故でブレーキパイプを折った際に、フルードが
漏れていたので、減っているのが正解。
これに新品のフルードを継ぎ足して、配管中のエア抜きをすれば
本日の作業予定が終了します。
さてスムーズにことが運ぶかどうか?
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これは左後輪のブレーキドラム内側。
ちょっと順番がちぐはぐになりますが、フットブレーキ側からの流れは
②の、前回交換したナットから分岐して⑥の短い配管を通り、③まで進み、
②と③のドラム表側にあるブレーキパッドを押す二本のピストンを作動させます。
右後輪も同様の構造です。
知人の元整備士によると、ここに見えるところに配管中のエア抜きに
使われるボルトがあるようなのですが、それらしきものは
①と④のようです。④はこの角度では見えにくいですが、
①と同形状のもの。
しかしこれは、見た目はグリスニップルと変わらない形状。
ほかには固定用のボルトしかありませんが…ためしに、
④を外してみようとしましたが、どうもうまく回らないので、無理せず
①を外してみました。
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外してみたものの、よく考えるとグリスニップルも実物をじっくり見たことは
ありませんでした。したがって、これがグリスニップルなのか全然わかりません。
「またつまらぬものを斬ってしまった…」
むなしい心持ちをこらえつつ、外した部品を観察すると、ドラムにねじ込まれた先端部は
テーパーになり、その基部に横穴が開いています。ちょっと自転車の空気を入れるバルブに
似ているので、弁の一種なのでしょうが、グリスニップルもやはり弁になっているはず。
はて、これはエア抜きに使うものなのか?
悩んでいてもしょうがないので、家に入ってネット検索してみたのですが、
時間がたりなくて探しきれません。
やけになって、試しにブレーキを踏みこんでみることにしました。
圧力をかけてこのネジを緩めれば、なにかが起こるはず。
自分の農民車だからできる冒険です。
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フルードは塗装に悪いらしいので、漏斗を使ってこぼさないよう
満タンにします。例のネジを緩めてエアとフルードが抜ければ、この液面が
下がるという寸法です。
さておもむろに何回かフットブレーキを手で押すと、
「ブチュッ!」
という音とともになにかが飛び散る音が…!
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いちおう、真下にバット(これも拾った)を置いてあったのですが、少しだけフルードらしき
液体が落ちていました。やはり例のボルトはエア抜き用のものだったようです。
本当なら、そのエア抜きボルトに逆止弁チューブを取り付けてやるのが
正攻法です。私はチューブだけでやってみようとしましたが、まさかの
チューブの付け忘れ。
ボルトを締めこんでみると、漏れは止まりました。
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これだけ飛び散ってしまうと、チューブを取り付けるのは、もはや無意味な気がして、
ただエア抜きボルトを回すことで作業を進めることに。
なし崩しな話ですが、自分の農民車だからいいんです。
噴き出したフルードは板バネを越えてデフケースや右の板バネにまで
かかってしまい、やはりチューブをつけておくべきだと思い知りました。
でももうこうなっては後の祭り。できるだけフルードを拭きとりながら
四か所のエア抜きバルブを検査しました。
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最後に、なるべくフルードを満杯にして蓋を締めます。
満杯にしすぎてだいぶ溢れましたが、もうあんまりめげなくなりました。
なんせ自分の農民車です。
今回はあまり重大なアクシデントもなく(?)、二時間弱で作業終了。
フットブレーキもしっかりと硬い操作感なので、たぶん大丈夫でしょう。
まあ、本当に走らせてみないとわからないですが、今の段階では
ヨシとします。
ブレーキフルードは、念のため1リットルのものを買いましたが、
三分の一も使いませんでした。
まあ、またいつか使うこともあるでしょう…。
― その5 ―
220716-1
十日あまりで再開、という近野にしては上出来なスピードで
作業を続けております。このペースが保てればいいんですが、世の中そんなに
うまくはいかないでしょう。
今回はブレーキとクラッチのペダルを改造して、脱着式にします。
この農民車の運転席の床はふつうの鋼板と縞鋼板で構成されていましたが、
それが取り外せなかったのです。おかげでメンテナンス性は最悪。
床下は埃と油と土と錆でモコモコ。
そのままにしておくといいことは一つもないので、思い切って床を取り払いましたが、
その際にどうしても切り取らないといけなかったのが、丸棒とがっちり溶接されていた
クラッチとブレーキのペダル板。
当然、これがないと、靴を履いていたとしても足の裏が痛くてたまりません。
しかし床板を取り付けて、再びペダル板を棒に溶接しなおしては、また
メンテ時に切り取らなくてはいけません。
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そこで、ペダル板にパイプをくっつけて差し込み式にしてしまうことに。
ペダル板は縞鋼板を切ったもので、写真ではサビサビのように見えますが、
これは錆止め塗料のうえに埃が堆積しているため。
ちゃんと錆を取って養生はしました。
ずいぶん昔の話ですが……。
上のパイプは、実家の燃えないゴミ入れから拾ってきた子供用自転車の前輪フォークの一部。
この日のために、とっておいたのがやっと日の目を見ることになりました。
横のマジックは墨付け兼、大きさの比較用。
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家のとなりの空き地に拾った万力を運んで、切断作業。
家の中では息子たちが試験勉強中、親父はなにをやってんだか。
なるべく静かに、手早く作業しないと…。
寸法は適当です。
220716-4
ありゃりゃ、ピンボケに。
老眼なのでご容赦ください。
ともかく、切断したパイプは長すぎて半分も入りません。
丸棒のほうに墨をつけて寸法を調整します。
この丸棒は、ブレーキとクラッチで曲がりの位置が違っています。
この農民車が造られた「高島鉄工」では、同じ形式の農民車を量産していました。
同じ工程を繰り返す場合は、専用の治具があれば効率がよいのですが、
近野の手に入れた農民車は最初期のものなのか、現物合わせで
加工と確認を繰り返しながら造られた形跡が随所にあります。
まるでいまの近野の作業のように……。
220716-5
ペダル板の裏側ですが、これもその試行錯誤の跡。
丸棒が溶接してあったところがまるで違っています。
おそらく、ブレーキとクラッチが並んだとき(つまり停車時に)、ペダルがズレないように
調節して溶接したのでしょう。
左の上に寄ってるのがブレーキ側、右の中央部あるのがクラッチ側です。
220716-6
せっかくなので、パイプはものと位置に溶接します。
溶接方式は、なんとハンダ。
トタン板や電気回路の溶接が主なため、なんとなく貧弱な
イメージがありますが、なんのなんの、その強度は舐めたものではありません。
しっかりくっついたハンダは、人間の力ごときではまず外れないのです。
ただし、溶接前の養生が肝心。金属表面に
油汚れや塗料がすこしでも残っていると、どうやってもくっついてくれません。
手っ取り早く確実に溶接するには、ディスクサンダーで
溶接個所を削り、地金までピカピカに露出させてしまうのです。
これはワイヤーブラシでも不十分で、切断砥石で削るのが確実。
そのうえでフラックスを塗布し、ハンダごてで十分に熱すれば
溶融してくれます。
それにアーク溶接にくらべて音もしないし、消費電力量もわずか。
ちなみに、使ったハンダは再使用可能なのです。
なんてエコなんだ。
……とまあ、えらそうに講釈をたれましたが、写真のようにあんまりほめられた
溶接ではありません。この状態で、たたいても振ってもとれませんでしたが、
実際に取り付けて踏んでみなければわかりませんね。
まあとれたらまたやり直せばいいのです。
「森林さん あたし描くっ」
「もう一度…いいえ! 何度でもあの地獄のような見開きを描き直すわっ」
「その意気だ 暁子ちゃんっ」
そうだ、リテイクを怖がっていてはいい原稿は完成しないぞ!
220716-7
マンガとちがって締め切りがないから作業が終わらないのが近野の現実なんですが…。
とにかく、剥き出しの地金が錆びないよう、一刻も早く錆止め塗料を塗ります。
これはなにをしているのかというと、ペンチでつかんだペダルを、錆止め塗料の缶に
直接ドブ付けしているところ。
この水性錆止め塗料はどういうわけか透明クリア。
例によって亡父の遺品なのですが、中身が沈殿分離しているであろうことを見込んで、
蓋を開ける前におもいっきりシェイクしておいたのです。
開けてみると、冷えた生ビールなみにアワアワ。
ひょっとして、あまりに長期保存したので変質しているのかも。
防錆性能は大丈夫かなあ。
…ま、錆びたらまたやり直せばいいんです。
「何度でもあの地獄のような見開きを描き直すわっ」
もういいか。
透明なので防錆の実感がよけいに湧かないのが不安ですが、
とにかくドブ付けで塗膜だけは厚めにしてあります。
今回はここで終了。
― その6 ―
221016-1
あれから早三か月。
猛暑日の連続攻撃にへこたれてしまい、かつ例によって多忙な日常で
なにも進まない生活。いやになってきますが、めげてはおれません。
やっと作業再開する元気が出てきました。
今回の予定はブレーキペダルの取付と抜け止めナットの取付け。
あわよくば塗装もしてしまいたい。
前回ハンダ付けして錆止めを塗っておいた部品は、ちゃんと
そのままの姿でいてくれました。これがしっかりと使えればよいのですが。
221016-2
まずはためしに、ブレーキの棒に嵌め込んでみることに。
手前のクラッチ側は、きっちり奥に突き当たるまで差し込めました。
青い印は、ここに抜け止めネジを取り付けるための目印です。
しかし奥側のブレーキは、かなりひん曲がって、しかも十分に奥まで差し込めません。
この棒の先端には、ペダル板を切り取った時のバリが残っていて、そのせいで
うまく入らないようです。ま、そんなものは手ヤスリでもかけて削ってしまえば
差し込めるようになるはず……。
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ヤスリをとりに倉庫へ行って帰ってくると、驚くべき光景が。
ひとりでにペダル板が落ちていたのです!
どどどどうなってんだこりゃあ。
ペダル板にはちゃんとハンダが乗っているけど、パイプには一片のハンダも
付いていません。おかしい、同じように削ってフラックスをつけていたのに…。
パイプはペダルに形成されたハンダのクレーターに嵌まっていた
だけのようです。
こうなると、手前のクラッチ側も心配。
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「何度でもあの地獄のような見開きを描き直すわっ」
そう、とれたパイプはもう一度付けなおせばいいのです。
しかしなぜパイプにハンダが乗らなかったのか?
その原因がわからなければ、同じことをしても同じ結果を生むだけなので、
考えてみましたが…わかりません(泣)。ペダルよりパイプのほうが放熱しやすいので、
パイプが十分あったまる前にハンダがペダルにだけ溶着したのか…?
それとも、パイプの素材がそもそもハンダの付かないものなのか。
そんなことを思い巡らしつつ、前よりも入念に削り込んでハンダも多く流します。
錆止めやパイプの塗装も、熱くなりすぎて柔らかくなってきました。
しかし出来映えは汚いまま。
どうもくっついている様子でもないのですが、手で引っ張ってもとれないので
見えないところはくっついているのでしょう(アバウト)。
これでいってみます。
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このコンパクトデジカメはピントがすごく合わせにくい。
棒にロックされてたはずなんだけど、すみません。
何を撮ったかというと、棒の先端部のバリを削ったという写真です。
ついでに鉄工所でのアーク溶接でついたスパッタも削りました。
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おほう、なんとかスムーズに奥まで差し込むことができました。やっぱり
バリが邪魔をしていたのです。すかさず、ブレーキ側にも、ボルトをつける
目印をいれます。いそいでやることではないんですが、
またハンダがとれないかとものすごく不安。
抜くときも、かなり慎重にそーっと抜きました。
いや、いまそんな慎重にしても足で踏んだときに外れるだろ。
…どうかうまくいきますように…。
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万力に噛ませてもまだパイプは外れません(不安)。
ここに穴を開けるのですが、円筒部はドリルが滑るのでポンチを打ち、ドリルには
切削油代わりにエンジンオイル。下穴が開きました。
まだハンダは無事です(不安)。
この穴には拾ってきたタッピングビスをねじ込んで雌ネジを造ります。
そのあと、そのタッピングビス先端の切り刃を削り取ってしまえば、
雄ネジと雌ネジの組み合わせができて、ペダルの抜け止めとなります。
これはいつになくいいアイデアと自賛します。
どうだ!
勇んで適当なタッピングビスを探しに倉庫へ行きます。
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タッピングビスを見つけて戻ってみると……
まままままたしてもペダル板落下ぁ!
こっちはクラッチペダルですが、ブレーキペダルの時とまったく同じ、
倉庫へ行くパターンで目を離した隙に取れるとは……!
「だめだ 今の地球艦隊の性能ではガミラス艦隊に勝てない」
さらにもう一方の、ハンダをやりなおしたブレーキペダルも、穴開け作業中に
ふたたびパイプが取れてしまいました。やはりハンダではだめでした。
そう、このパイプをくっつけるにはもっと強い溶接が必要なのです。
「明日のためにきょうの屈辱にたえるのだ
この敗北はかならずとり返せる
がまんして逃げよう それが男だぞ」
スターシャの送ってくれた波動エンジン…いや、
実家にある亡父のエンジン溶接機を使うか?
それとも中古の100ボルト溶接機でも買うか?
前者は無料だが、時間とガソリン代がかかるうえに強力すぎてパイプが溶けかねない。
後者は自分の家に置けるので使い勝手がいいが、なんとしても金がかかる。
どちらにしろ、アーク溶接しかガミラスに勝つ方法はないのです。
いつまでもこんなことして時間をくってる場合じゃありません。
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